長嶋茂雄 最後の日。1974.10.14 を読む

まず最初に書いておきますが、私はドラゴンズファンです。

で、感想を書こうと思ったら、Kindle版があることを知った。ちょっと驚き。それと10・8 巨人VS.中日 史上最高の決戦の作者と同じという事も今気づいた。

長嶋茂雄の引退というと、ドラゴンズファンとしては妙な感覚が残る。一つは、ドラゴンズの優勝(≒讀賣のV10阻止)の偉業当日に長嶋茂雄の引退が発表されたこと、もう一つは、引退試合1 が対ドラゴンズ戦で、しかし当日のドラゴンズは名古屋で優勝パレードをやっていたから試合には2軍で臨んでいたこと。僕自身は当時は生まれていないのだが、これくらいの前提知識(というか歴史)はあった。その歴史観をいくつか覆す本でもあった。

まず、長嶋茂雄の引退だが、これ自体、急に出てきたことでは無く、昭和49年、長嶋は多分引退するであろう(でも発表はしない)という流れがあったこと。これを引退興行にしてしまうのが(SHINJOしかり、ジーターしかり)最近の傾向ではあるのだが、この時代はまだ「余計なことは言わない」という流れがあったのだろう。そして、そのタイミングはV10が切れたタイミングしかなかった。という事か。逆に言えば仮に阪神が優勝しても、この日に引退発表をしていたのだろう。

そして引退試合当日、この本はほとんどその日の出来事が書いてあるのだが、一番盛り上がったところは引退式のスピーチでは無かったこと(このイベントも予定されていなかったのがらしいっちゃらしい)、同じ日にすぐ近くで別の事件が起きていて、TVの中継が時間通りにしか始められなかったこと。以前、G+で引退試合当日の中継が放送されていたのだが、結構アナウンサーの実況が入っていない所があり、「引退試合の割に随分あっさりしてたんだな」と思ったりしたのだが、このあたりが原因だったのかと気が付いた。

ところで、ひとつ気になっていたドラゴンズの優勝パレードの被り、これについては引退試合と関係は薄いのでほとんど出てこない。が、引退試合は前日の予定が雨で中止になって翌日になって被ったこと、そもそも前日でも行く予定が無かったこと、何故ならば優勝決定後、即日本シリーズ(中日球場開幕2 )であり、東京-名古屋の移動を(少なくともフロントが)嫌がったこと、は初耳であった。というかなぜそんな無理な日程でパレードをするのだ。以前どこかで、日本シリーズ負けた後にやっても白けるだけだから、という記述を読んだことがあるが、本当にそうなのか、当時の優勝パレードの日程でも洗ってみないと出てこない部分である(といっても讀賣は日本一とらないと優勝パレードやらないからパの記録探すしかないのか)

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  1. と、言ってもリーグの公式戦 []
  2. 当時の記述に倣う []
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